Aug 28, 2005

名古屋国際会議場でパクス・ロマーナが響き渡る

甲子園のヤットデタマンの影響かは知らない。
今日。なぜかのっちは真夏の名古屋にいた。名古屋市熱田区、名古屋国際会議場
もちろん、吹奏楽コンクールのチケットは手に入れている。しかし、午前中だけ。

なぜ?
東海の吹奏楽コンクールは午前と午後の入れ替え制。
のっちがチケットを買おうとしたとき、午後の部は売り切れ。
んじゃあ、午前の部だけでもいいや!とのっちはひらき直って購入。
あの、ヤットデタマンの学校の演奏が聞けるんならね。
(「甲子園で愛知が歌う」参照)

ヤットデタマンの学校。いや、愛知工業大学名電高等学校の演奏は11時から。
学校紹介。そして、課題曲「パクス・ロマーナ」の開始を告げる金管のファンファーレが始まった。
他の演奏団体とはなんか違う。
確かにここだけが午前中に課題曲「パクス・ロマーナ」を演奏する。
それだけじゃない。明らかに違うのが他にあるのだ。

「これはわたしたちの曲なんだ」という自己主張がこの曲から満ちていたこと。

結果的に演奏が一つにまとまった。自由曲「ダフニスとクロエ」も同様に。

聞き終わって、演奏団体別の音源販売に走った。
もちろん、お目当ての愛知工業大学名電高等学校のMDは他の団体の倍積まれていた。
帰り道、そのMDを聞いた。
確かに「大丈夫かよ?」というアラも目だった演奏ではあったが、聞いていくうちにだんだんと彼らの演奏を聞きたくなった自分がいた。確かに「パクス・ロマーナ」も「ダフニスとクロエ」も好きなのだが、それ以上のものを引き起こす演奏が、彼らにはあったのだ。

午前の部しか居なかったため、結果は知らずに家に戻った。
結果はさっき、ネットで知った。
妥当な結果に違いない。

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Jun 21, 2005

Musical Baton

日曜日に書いていた、ごいんきょさんからの宿題です。

まさか、来るとは思いませんでした。
こういうものとは無関係だと思ってました。
けれど、与えられたものは極力行うのがわたしですんで、書ける範囲でやってみようかと思います。

元ネタはこれ
それではレッツ!ゴー!

☆Total volume of music files on my computer
(コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量)
見たくも無い、考えたくない。それくらい入っております。
単にコンピューターに疎いだけ。なんて言わないでくださいよ。

☆Song playing right now
(今聞いている曲)
曲聞いちゃうとその曲の世界にのめり込んでしまうので、文章や仕事の際は極力曲は聞きません。

☆The last CD I bought
(最後に買ったCD)
日曜日に買ったポルノグラフィティ「ネオメロドラマティック」ですが、中古落ちで購入したもの。
最後に通常価格で購入したのは6月初旬の「全日本吹奏楽2000 vol.5」。

☆Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me
(よく聞く、または特別な思い入れのある5曲)
、間宮芳生「カタロニアの栄光」
実は中学の時吹奏楽部でした。
課題曲選択で、初めてこの曲を聞いたときある種の衝撃を受けました。しかし、うちの中学はこの曲をやることはなく、プレーヤーとして演奏することも無く現在に至ってます。しかし、この曲だけは聞き手になってからも耳から離れず、合唱部に所属した高2の秋にこのCDを買い、落ち込んだときや自分を勇気付けたい時にはこの曲を聞いて
「よっしゃあ!」
と気合を入れてもらってます。
吹奏楽曲では他には勢いやパワーの有る曲が、日本人作家では「ほんわか」路線の福島弘和さんの作品が好きです。

、EMARSON、LAKE&PARMER「聖地エルサレム」
歌詞は問題作の部類に入ると思います。
しかし、神聖な入り、静かなグレック・レイクの歌唱がノリにのって、バックもそれにあわせて高潮してくると
「いけ!いけ!のっち!!」
と言う気持ちも高まってきます。もうラストではカタルシス完了。
この曲をカラオケで歌って日ごろの憂さを晴らしまくりたいのですが、一度もカラオケボックスでこの曲に出会ったことはありません。その代わりとしてローズマリー・バトラーの「光の天使(映画『幻魔大戦』エンディング)」を歌うこともあります。その「光の天使」も機種が少ないんだよ(愚痴)!!

、安室奈美恵「Don't wanna cry」
実はサッカーアトランタ代表が好きだったのっちでした。
この曲が流れた時は確か最終予選の頃で、この曲とタイアップした炭酸水のCMが流れてました。
ちょうど、大学試験に見事失敗し、放心状態でぽけーっとしていた時にこの曲を聞いたのです。
歌詞に触れるたびあの時の前向きな自分に会います。
サッカーアトランタ代表が頑張った時、紅白で安室ちゃんがこの曲を歌いきった時、未来に向けてとりあえず頑張ろうと思った自分がいたことを。
最近の彼女は大人路線で暗めのR&Bを歌ってますが、この頃の明るくて励まされる曲を歌ってた彼女の方が同年齢の自分にとっては好きかな。

、SANDY DENNY 「IT SUITS ME WELL」
「へぇ~、ZEPのロバート・プラントとデュエットしたんだぁ、この人」
と軽い気持ちで買ったCDの中に入ってた曲です。
ちょうど、その頃は仕事がキツキツで現実逃避したかった。その中で一番現実逃避できてその上癒された曲がこれだったのです。彼女は歌います。
所詮人生と言うものは流れ流されて生きるモンなんだ。と。
仕事、人間関係で落ち込んだときにはこの曲を聞いてリセットをかけて次の日に備えます。今でも変わりません。

、中島みゆき「炎と水」
これよ!こういう恋愛をするんだよ!!わたしは。
多分、自分は炎側の人間なので、水側の男性募集。
最近、恋愛にご無沙汰なモンですから。わたし。

☆Five people to whom I'm passing the baton
(バトンを渡す5人)

5人か?どう考えても無茶です。というわけで

☆Three people to whom I'm passing the baton
(バトンを渡す3人)
に変更。

MyMilestoneさん
Yukioさん
Y・Tくん

に渡してみようと思います。ほいっ!

#Musical Baton関連でFootball Batonなるものを作り上げた方が居る模様。楽しませていただきました。

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Feb 05, 2005

12年目の再会(のっちだけ)

というわけで行ってきました、行ってきました。
ディズニー・オン・クラシックin福岡サンパレス に。

これが、のっち今年最初のコンサートになるわけでして、多数の親子連れ。それよりも少ないけれど、カップルと女の子コンビがわさわさと。ひぇー。一人で来たのっちは引き返しかけたけど、ずんずんと進む。開演30分ほど前、黄土色のセーターを着た先輩らしき方がロビーの方に来ていた。

「ひょっとして先輩がなんかの諸事情で降ろされたんじゃ・・」とのっちの中に暗雲が立ち込める。

開演15分前。客席に座ったのっちは席や楽器が配置されたステージを見た。暗いステージの中でハーピストの女性がチューニングをしている。そこにトロンボーンを持った男性がやってきた。見たことある顔だなと思った。先輩だった。ほっとした。その後、彼らは一旦退場。

開演。機械仕掛けのコンサートマスターのバイオリンに合わせてチューニング。白髪のおっちゃんがタクトを振る。緑のレーザービームが降りかかる。後ろの文字も鮮やかに。1幕はレーザービーム多用だったため、集中できなくてうつむいてしまった。1幕終盤のコンサートマスターさんのソロ演奏の色っぽさに感激した時からだんだんとステージの方に目を向ける。あ、コンサートマスターさんと組んだチェリストが上司2に似てたな。

1幕ラストの花火の歌(「We Go On」)、サラ・アン・ルイスの歌声は圧巻。最後に花火が打ち上げられたと思ったら、蛍光棒の小さいのが降ってきた。客席は拾って自分のものにしたり、子供やとなりの人にプレゼントする人続出。

休憩挟んで2幕。いよいよメインのリトル・マーメイド。主人公のアリエル役のサラはこれでもかこれでもかと歌い客席から拍手をもらう。悪い魔女臭が体型からも声からもプンプン漂うキンバリー・チェサーや、顔にたがわずコメディキャラとして歌いまくるバリー・ジェームスにも拍手が送られる。一方のオーケストラはあんまり印象がなかったな。

最後。アンコールステージ、観客共々「星に願いを」の大合唱のはずが、サラや管楽器のプレイヤーがステッキを持って振っていたにもかかわらず、バイオリニストやパーカッショニストがミッキー耳装備にしたにもかかわらず、その中の一人の女性パーカッショニストがにわか面を装着していたにもかかわらず、のっちもふくめた数人ぐらいの観客しか歌っていない。ショック。

今回はちょっと盛り上がりに欠けたかな。子供のようにレーザービームや落下物の仕掛けで喜んだり、ボーカルの声で楽しんだりしたけど、オーケストラとボーカルがばらばらだった部分があった。それがまとまっていればもっと楽しめるかなーとはのっちの感想。

ま、先輩も元気なよーだし。それでオーケーにしとこ。

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Aug 06, 2004

歌を歌えば~鐘がな~る。

のっちの通った高校は地元でも有数の進学校だった。
国家1種に受かるようなエリートをすっちゃかめっちゃか出す高校ではなく、どこか変わった人材を日本の要所要所に出すような高校だった。

その中でここの合唱部は白眉ものだった。どっか楽したいのっちは
「あ゛ー、ここの部活に入れば地方大会にでられるのかー。いいなー」と単純な理由でここの部活に入った。
毎年夏は合宿だった。その後に開かれる定期演奏会のためだ。そして、県大会。もちろん、地方大会にも出た。もう少しで全国に行けるか?というところまで行ったこともあった。

いろんな歌を歌った。日本語、英語、ラテン語。とにかく歌うのは好きだったが、人間関係のいざこざに疲れ、合唱も勉強よろしく手抜きになってしまった。どっかからひっぱられてしか動かない自分。そんな自分を尊敬する人間は皆無に等しく、いつの間にか合唱とは縁遠くなった。

そんな中、後輩達は全国にその名を轟かせ、朝日新聞の全国版にも名前が載るようになっていた。

去年。その後輩達が全国大会で福岡に来ていた。3桁の部員数。その存在は優秀な人材を盗られた運動部は睨み、交通費で四苦八苦するPTAの頭痛の種になってしまっていた。

のせいだろうか、演奏直前、のっちもお世話になった指揮者の先生が倒れるというアクシデントが発生した。にも関わらず、最後の最後に繰り下げてもらって、立ち上がって戻ってきた先生と一緒に彼らは歌い、賞を得た。
我関せずののっちはその間自動車学校に行っていた。

先生のアクシデントは来るかもしれないのっちを待つためのものだったのかもしれない。

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Aug 05, 2004

稲穂の波はどこにでもなびく

昔も触れたが、のっちは中学時代吹奏楽をやっていた。

中学3年で吹奏楽から足を洗ったものの、聞くことだけは忘れていなかった。そんな中ふと手にしたCD「日本の吹奏楽98’」。
その中で不思議な曲名があった。

「稲穂の波」

98年度の課題曲2。この曲を演奏した団体は多かった。曲名から想像したのは「どっかの国の赤い旗ばたばたなびくような古くて重厚な音楽」。その曲は聞かずにとっつきやすい「童夢」やら「ブラジリアン・ポートレート」を一生懸命聞いた。

そんなわたしがその曲と知り合ったのは、NHKの着メロサイトだった。オトナになったんだもん、仕事して一人で生活できるもん、と月315円を支払ってそのサイトを利用した時に「稲穂の波」を見つけたのだ。こんな曲に人気があるのかよ。と半信半疑でダウンロードする。聞いた。

ばたばたたなびくのは赤い旗じゃない。風に揺らされる黄金の稲。
重厚じゃない。駆けていく風のように軽い。
まるで男の子と女の子が手を取り合って風と共に稲を揺らしていく。


曲の一部だけでは飽き足らなかったわたしは、数週間後には「稲穂の波」を収録した分の「日本の吹奏楽98’」を部屋に置いていた。

とあるHP上でこの曲の作曲家の顔とエッセイを見たが、のんびり屋さんのわりには鋭い眼差しを持っている人だった。彼は聞けば聞くほど暗黒世界に誘う曲やらどっかの作家のようにわけわからない曲は書けないはず。バカ明るい曲や暖かく癒してくれるような曲を作る人。彼の他の作品も聞く価値がありそうだ。

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May 22, 2004

歌を歌えど~。

のっちが子供の頃、カーステレオには山口百恵の曲が良く流れていた。いつの間にか口ずさんでいるうちにある程度覚えてしまった。のっち母の影響らしい。大きくなってからのっちの母が「加藤登紀子全集」なるものをどこぞのルートで仕入れてきた(CD屋で買ってきたんでしょ)。
加藤登紀子の有名曲はともかく、その他「帰りたい帰れない」「黒の舟歌」が入っていた。この2曲がのっちのお気に入り。
「帰りたい帰れない」はオープニングの物悲しさがそそる。もちろん歌詞も悲しい。なぜか18ののっちは「この曲でスター誕生!の決勝大会に出てみたかった~」と思ってしまった。ねぇ雰囲気出てませんか?
「黒の舟歌」これも暗い。生きてるか死んでるか分からない女性が川の中の木の小船で横たわっている。そんなイメージがある。一方であまりにも若すぎる男女の暗澹たる船出。そんなイメージもある。これらの航路の果ては確実にバッドエンド。間違いない。
この曲の作者は桜井順。「フジカラー」とか「石丸電気」のCMソングの作者である。これらのCMソングと「黒の舟歌」。曲想は正反対だけどどちらも耳には残る。これに能吉利人の歌詞世界が合体して救いの無い世界が誕生したのが「黒の舟歌」。この曲は加藤登紀子だけでなく、他の歌うたい(長谷川きよし、野坂昭如等)も歌っている名曲である。

でさ、能吉利人って誰よ?

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Mar 03, 2004

I MUST GO

お正月の2日、3日に「箱根駅伝」がある。スポーツ中継大好きののっち一家はそれをテレビで見るのがお約束である。箱根駅伝の復路の実況中継が終了した時点でのっち一家の正月が終わる。それを告げる音楽を聴くと「正月が終わったんだ~」と感じる。それは「日曜の笑点の開始音楽を聴いて明日の学校への不安を呼び起こされる」という心境に似たものである。

空騒ぎの笑点の曲と違い、静かながら敗者にも勝者にも未来があることを強く説く曲だった。

大学生になったとき、ふとこの曲が欲しくなった。で早速電話したのは、箱根駅伝実況中継の本家本元。まず最初にお姉さんが出たが、そのことを伝えると男性の方につながった。

その男性の言ってたこと。
「あー、あれねー、トミー・ヤングって人の「I MUST GO」。」
(へ~、クレジットにはでなかったけど、こういう名前なんだ)」
「で、うちが箱根駅伝をやろうとしたときにはすでに廃盤になっちゃってるの」
なんでそんな曲使うんですかぁ!!

それから今もこの曲はCD化されずにずーっと来ている。なんでとも聞きたいのだが、予測はつきそうだし、それを確認するとなると泥沼になりかねないのでそこには2度と電話する気はない。でもいい曲だよ「I MUST GO」。とかげながらCD化達成を願っている。

#その後、トミー・ヤングは「TOMMIE YOUNG」というスペルで、「I MUST GO」は「A Woman Called Moses」のサントラの1曲だということを知りました。「A Woman Called Moses」という映像作品は奴隷下の黒人女性ハリエット・タブマンが奴隷解放を求めて戦うという話だそうです。だけどさー、アメリカのアマゾンなんかでソフト紹介見てるとこの作品って内容以前に「画像が悪すぎ!」で得点落としまくってるんだよね。はぁ。

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Jan 29, 2004

賀内隆弘

吹奏楽をやっているということで、中学のとき「バンドジャーナル」という雑誌を買っていた。で、その93年4月号に「市民バンドをやろう!」と言う特集に「賀内隆弘(秋田放送アナウンサー)」という署名入りのエッセイが載っていた。
「へぇ、アナウンサーでも吹奏楽やるんだ」というある意味偏見に満ちた目線で記事を読んでいた。

そのつけが巡ったか、4年後秋田に住むことになった。が、テレビでもラジオでも彼の姿を見ても印象に残らず、何もアクションをしないまま秋田を去ることになった。

あのころ秋田の市民楽団のコンサートに行けば彼がストレスを発散する姿を見られただろう。と思っているところにCD屋にて彼の名前を見た。
「オン・ステージ(賀内 隆弘)」
話を聞く限りあの秋田放送のアナウンサーの賀内隆弘らしい。ってことは「日本初民放アナ作曲家」!!と言いたいところであるが、その曲自体を聞いていないのでそれ以上は書けない。聞け?はいはい。聞いてからこのHPにアップしましょう。

#ちなみに賀内さんは秋田吹奏楽団のコンサートにも登場します。(もしかしたら団員か?)と言うわけで秋田吹奏楽団に触れる機会があったら賀内さんをよろしく。


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天国と地獄

のっちが小さいころである。テレビで怖い曲があった。
ちょうどお昼のニュースを3本見られる放送局があり、その中の真ん中が流れるとチャンネル変えよう、さもなければこの場を逃げよう!と思うほどだった。

その真ん中と言うのが、「山形新聞ニュース」。
本社空撮と共に「じゃーん、じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ、じゃーん、じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ~」というまさに交響楽団バリバリの曲を流すもんだから、うるさい、怖い。そして「お宅とクボタは親戚づきあい、山形クボタの提供でお送りします」というブルーバックにブタマークの提供の部分も余計怖かった。しかも最後にも執拗に流すために怖さは倍増。直後に放送されるANNニュースの音楽に癒しを求めるようになった。

中学校になって吹奏楽に手を出した。その際にコンサートに行くことになった。
とある高校の演奏の番。指揮者がタクトを振り、シンバルと共に流れた1フレーズにはっと気づいた。それこそのっちが聞いたあの「山形新聞ニュース」のテーマ。その瞬間こころで「あー!あれだ。あれだ」と指差したくなった。

これこそオッフェンバックの「天国と地獄」。それを知ったときにはもう山形新聞ニュースは流れてはいなかった。

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Jan 23, 2004

ニュースは明るいものだけじゃない

ニューステーマと言えば聞きやすく、CDで売ってたら買うよ~と思う作品が多い。
で、前のニューステーマはどんなものが多かったのかな?
というあなたに送るこのサイト
「もっとニュースが好きだ」

ここのネット別のコンテンツをのぞけば
「えー、これがニュースの曲だったんだ」
「あー、いい曲じゃん」
「うっそー、あの方が作曲したのー」
と思うことうけあいです。

この中で一番ニューステーマらしいものは黛敏郎の「NNNニュースのテーマ」。
多分この曲だけを聴く限り黛氏は悲劇を知っている人ではないかと。そして、その後に現れる光の存在も。
明るいだけのニューステーマでなく、都会っぽさを競うものでもなく、ニュースの音楽という身分を全うしている。
(編集すれば明るいニュースを伝える前、悲しいニュースを伝える前とバージョンを変えることも出来ます)
ただひとつ惜しまれるのがカラー時代に出来た作品(昭和48年製作)であったということ。白黒時代に出来ていたらより「ニューステーマ」として人々の心に刻み付けられていただろう。

そんなこんなでインパクトはあったが、あまりにも陰の部分が強かったためか、製作から30年たった今はこの曲を耳にすることはなくなってしまった。

今は耳にさらっと残る、メロディラインが軽やかなニューステーマがよく流れている。

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