Jul 19, 2005

名古屋公共交通機関地獄

7月17日6時6分。のっち名古屋初上陸。

2時間しか寝ていない頭。本ばかり詰め込みすぎた重い荷物。ふらふらののっちちゃんは名古屋市営地下鉄東山線に向かって歩き続ける。行かなくちゃ、行かなくちゃ、あ、選挙にイカなくちゃ!ああ、何でこんなことが頭をよぎるの?つまりのっちは壊れてるってことだ。

6時17分に乗ろうとする。いかん!間に合わない!
6時27分に間に合わせよう。シャチホコ乗務員のカードを買おうとしたときに電車が出た。
仕方なく6時36分の藤が丘行きに乗る。座りたい。けど満席。
降りてくれよ、降りてくれよ!!その思いとはうらはらに少しずつ人が増え、降りる人など誰も居ない。人の圧力は次第に強まっていく。

俺はあのムーンライトながらに乗ったんで2時間しか寝てねぇんだ!!だから席を空けてくれ!!

と叫びたかった。で叫んだところでなんになるか?何にもならない。「あのバカ」と一蹴されるしかないが。

行列と化した集団は終点の藤が丘で完全に形成された。ぞろぞろと陸に降りる集団。集団はふと足を止めた。
「こちら~、乗車券を持ってない人はここで乗車券を買ってください」
のっちはすかさず前に出た。シャチホコ乗務員のカードが利いた。このシャチホコ乗務員のカード。実はトランパスといって名古屋近郊の鉄道がこのカードで乗り継ぎ可能なのだ!!

そう浮かれているのも数秒だった。のっちはまた別の行列に飲み込まれた。その間にのっちはとある場所に居る仲間にメールを打った。
「一応藤が丘駅に着きました」
そして、その行列は駅構内に吸い込まれていく。あゆみはモスラの幼虫と同じくらいだったと思う。
「はーい、ここまでここまで」
と幼虫は駅員によって2度寸断された。初めてだ。定時よりかなり前にホームに集まったにも関わらず定時の列車に乗ることができないなんて!

そう、それが万博会場と藤が丘を結ぶリニモなのだ。行列の行く先はそう、愛・地球博。のっちもその中の1員だった。メールが届いた。
「のっちちゃんは西公園で降りてください。わたしたちはそのもよりの西ゲートで待ってます。」
7時36分やっと万博八草駅行きに乗った。そこで満員。それから人は減ることもなく、1ドア5,6人ずつ各駅で入ってくる。もちろん彼らの頭にも愛・地球博が巡っているのかもしれない。じわじわと人が入っていく。死ぬかもしれないは言いすぎじゃない気がしてきた。

西公園駅。到着したと同時にのっちは駆け出した。開放感、そして仲間に会うために。

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Jul 18, 2005

ムーンライトながらに乗ってみた♪

土曜の夜。のっちは生まれて初めてムーンライトながらに乗った。

夜行だから、寝台もついてぇ、夜は暗くなるんだよねぇ(はぁと)

と甘い気持ちで乗ってみた。

明かりが煌々と灯されていた車内にはリクライニングシートはあれど、寝台はなかった
駅員のおじちゃんは「防犯上の都合もあって電気はつけっぱなしなんです」と。
ちょっとがっかりしたのっちはあることを実行した。

3時23分浜松駅到着、のっちは列車を降りて駅を出た。駅の周りをぶらついた。人は数人しか居ない。ただぶらつくじゃあしょうがないから、コンビニで立ち読みした。2軒はしごして、何も買わずに。

3時50分急いで駅構内に戻りムーンライトながらに戻る。
その後のっちは眠りに入った。ムーンライトながらが愛知県に入ったら線路を外れて一般道を進み、いつの間にか線路に戻っている夢を見た。

6時6分名古屋到着。まさに寝不足ののっちにとってこれからすすむルートは地獄そのものだった。

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Nov 20, 2004

お隣なのに手を繋ぎ合えないのはどういうことだろう。

そういえば、今年J2の試合が秋田でひっそりと行われていた。

2004Jリーグディビジョン2第18節 6月20日開催
モンテディオ山形vsアビスパ福岡戦
秋田市八橋陸上競技場  13時キックオフ

これを見て「あんたバカか?」と叫んだ山形県民(元)はのっちだけじゃないはず。
お客様の福岡のことは語らなくとも、このページを見ただけでも山形県民、そして秋田県民への配慮は無し。
「山形と秋田はお隣同士だしいいじゃんかー」と思ったみなさん、秋田と山形に住んだことのあるのっちがはっきり言います。

「あのね、山形=秋田間のアクセスは最悪なのよ!さ・い・あ・く!!」

山形秋田間のアクセスが最悪になった原因は「ミニ新幹線」にある。
元々は奥羽本線の特急が山形=秋田間に存在していたものの、1992年夏、山形新幹線つばさが福島=山形間に開業。
路線上の置賜地方、村山地方の人々は東京といった都会の方々が来られることに心ときめかすようになった。もちろん、その恩恵を受けようと北の最上地方も躍起になった。

1997年春、秋田新幹線こまちが盛岡=秋田間に開業。
秋田の人間も東京と言った都会の方々の恩恵を受けられることになった。

恩恵を受けられる場所もあれば逆に恩恵を奪われる地域もある。奥羽本線の山形=秋田のルートである。山形新幹線の延伸前に奥羽本線特急「こまくさ」は廃止。そこで、山形から秋田に行く場合はどうなったか?

2000年春 就職試験で四苦八苦するのっちさんの場合
 山形で用事を済ませて、山形新幹線に乗って新庄まで直行
→新庄から奥羽本線の鈍行に乗って秋田へ
(途中 大曲で新幹線に乗って秋田へ が正しい?)

なんか不便だ。

もう一つの例を挙げてみる。今度は秋田からのっちの故郷鶴岡に帰る場合である。
2003年冬 久しぶりの秋田を楽しんだのっちさんの場合
 秋田で友人と会った後、羽越本線の鈍行で秋田から鶴岡に向かう。

確か、自分が大学に入学した時は羽越本線の特急いなほが2時間に一本ぐらい通っていたけど、久しぶりに秋田に来たら1日2本ぐらいでがっかりした。これも実は秋田新幹線の影響なのだ。

で、最初の話に戻すと、その時のモンテディオ山形VSアビスパ福岡の入場者数はいくらだったというと、

2964人

やっぱりな、やっぱりな、(参考 http://www.montedio.or.jp/record/record_l0418.htm

この試合は残念ながら今期のモンテディオの最低入場者数を記録したゲームではないにしろ、山形県民としては考えるべき課題があるのではないかと念を押しておく。


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Nov 06, 2004

福岡の中心で「打倒!山形」と叫び・・・たくないな

こうみえてものっちは山形県生まれである。
6月には実家の方からさくらんぼを送ってくるし、お米も送ってもらえることもある。

で、いろんな人と話をするとよく言われるのが。
「えー、のっちちゃんって山形出身なのぉ?そのわりにはなまりが無いねぇ」
確かに山形弁はずーずーの典型であるが、それがほとんど見られないらしい。

ここを読んでいる人、そして、日本人のほとんどが山形県をいっしょくたにしていると思う。けれど、山形県には大きく分けて2つの文化圏が存在する。
内陸と庄内。
早い話が陸側、海側。
芋煮は醤油味の牛肉か味噌味の豚肉か。
語尾は「~べ」か「~の」か。

のっちは山形県の庄内出身である。日本海と共に約20年以上育ってきている。
芋煮に限らず味噌味と豚肉が好きだ。
方言はどっか関西気てるところが好きだ。

そのせいかもしれない。のっちが山形を出たいと思ったのは。メディアで取り上げるのは山形市を中心とした内陸情報。庄内は日陰者。内陸は仙台と東京の大きなパイプを持ち、庄内は新潟の助けは得ても秋田と積極的に繋がろうとはしなかった。

いつの間にか庄内は「隠れた名所」になってしまった。
山田洋次監督が庄内出身の時代小説家藤沢周平の作品を映画化したくなるのもわかる気がする。
庄内出身の作家、評論家は想像以上に多い。藤沢氏のように庄内を舞台に小説を書く方、庄内から遊離した世界を書く作家も居れば、酒田市出身の評論家と鶴岡市出身の評論家がバトルを繰り広げるというしょうもないレベルのはなしもあったりする。

今、福岡は「打倒!山形」を目指している。と言ってもJリーグ2部の話で、アビスパ福岡が昇格するにはモンテディオ山形が邪魔。そこで山形こき降ろしねたが今日のこの番組の冒頭に出ていた。

そこでもう一人のパーソナリティが「これ、これ、聞いている山形県出身者が不快になるからやめなさい」と言っていたが、大丈夫、俺、山形県出身者だけど大丈夫さ。
プロスポーツを支える基盤は、100万都市でも十分でない。25万の山形市が支えているのはすでに奇跡だ。だからJ1昇格可能でも、J2に居続けた方が経営しやすいので今年の昇格はあきらめろ。といってのける庄内人がいることよりは宮本アナの茶化しはまだましだったからね。

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May 04, 2004

9年目の片思い~広島旅行食い意地編

9年前、のっちは広島に無性に住みたかった。そんなわけで広島の大学に進学しようとした。見事こけた。大学生活や社会人生活を過ごして行くうちに「広島に住みたい」という思いはだんだんと消えていった。が、ある日いつも聞いていたラジオから

「どーもー、沖繁義でーす」

いきなり現れた彼の存在によって広島熱が再発。
そこでG.W、フラワーフェスティバル、カープ観戦も兼ねて広島に行くことにした。
もちろんラジオ好きだから広島のラジオをチェックしたい。と100円ショップでラジオセットを買って、いざ!と思いきやまずは腹ごしらえということで「PAO~N」のどんたくフェスタと行きたいところを、同時開催の「焼酎フェスタ」に行ってしまった!焼酎をつまみなしでぐびぐびぐび。大丈夫か!のっち!?
もちろんそのダメージはひどく、大満員の会場、3時間立ちっぱなしに耐えられず、3時前に急遽博多駅行きのバスに乗って新幹線でGO!
で、広島に着いた。16時48分。出迎えたのは雨だった。もちろん今日観戦する予定だった試合も中止。
18時前、やけでフラワーフェスティバルの会場に向かう。袋町で降りる。まだ祭りは終わっていなかった。ステージでは踊り、歌う姿が見られる。終わった舞台もちらほら、しかし、圧倒的に動いていたステージが多い。
それを見ながら歩いていた時、屋台の人達から呼び止められる。
「クッキー如何ですか?」
もちろん食い意地だけで生きているのっちは罪悪感を感じながら手を伸ばした。ぽりぱりぽり、うまい。
「せんべい如何ですか?」
ぽりぱりぽり。うんおいしい。
買いたかった。けど買えなかった。雨、手荷物、旅行の身分、そういうバリアがなければ買い占めて職場の皆さんに分け与えたことだろう。それを話すと、
紙屋町の地下街にありますよ
その時もらったパンフレットの中には作っている所の紹介はあったが、地下街のショップ紹介はなかった。
「そう、福岡から来たの、もし、ほんとに欲しい時はここに連絡して」
と言われてのっちは頭を下げてその場を離れた。
(ここで作っているせんべい、クッキーでした。
http://www.fureai-plaza.com/sisetu1/syoh0002-d.htm

その日の夕食は広島お好み村の「きゃベツ~」で食べた1470円のゴールデンデラックスでした。おなかは一杯。心も一杯。そこでホテルに帰りましたとさ。


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