Feb 20, 2005

クイズマジックアカデミー2の向こう側に~その1~

最近、アーケードゲーム「クイズマジックアカデミー2」にはまっている。

格闘ゲームもだめ、音楽ゲームもだめなのっちがなぜはまったのか。それは「クイズゲーム」だったからということに尽きる。某所で「クイズマジックアカデミー」の話が出た時には、「まぁ、こういうのって、アニメファンならはまるよね」と鼻で笑っていたが、ゲーセンに足を運び、クイズマジックアカデミー2の機械に出会ったとき、気持ちは変わった。キャラクターが決定し、名前を付けていざ!ということになった時、のっちの態度が急変した。

のっちが小学生か中学生の頃、テレビ局では「クイズ王決定戦」という番組が半年に1度行われていた。TBSは「史上最強のクイズ王決定戦」、フジテレビは「1億2000万人のクイズ王決定戦(後に「1億2500万人のクイズ王決定戦」と改題)」。ウルトラクイズを持っていた日本テレビ、アタック25を系列で制作してたテレビ朝日はそこまでやらなかったけれど。

「史上最強のクイズ王決定戦」は正統派で「強いものは強い」という基本的に解りやすい設定で作られていた。一方、「1億2000万人のクイズ王決定戦」は異端派で「強くても負けるときがあるでしょ」というひねくれがあった。

もちろんのっちは「史上最強のクイズ王決定戦」より、「1億2000万人のクイズ王決定戦」が好きだった。「史上最強」は正統派ゆえに見ているうちに肩が凝ったり、結末が分かるってことがきついが、「1億2000万人」の場合はクイズは難しいけれど、見ている人の肩をほぐしてくれるそんなところがあった。笑える設問、回答者いじり、本戦参加者にのみ送られた自慢するだけしかできないカード。今思い出しても吹き出してしまう。

のっちは出たかった。けれど出られなかった。高校時代にいきなり2つの番組は終了してしまった。高校生クイズにも出られる仲間もおらずぽけーっとしていたのっちは大学時代に、ニフティのフォーラムで、RT(チャット形式と考えてください)で、クイズに参加した。結果は惨敗。ちょこちょこと参加はしたものの、平日の深夜ということもあり、いつの間にか離れてしまった。

そんな社会人が「クイズマジックアカデミー2」に出会った。昔の青春を思い出した。アタック25に出られるかしら。今のままでは「NO」。今のままって言ってるからもっと伸びる可能性がある。とのっちは信じてる。

現在「クイズマジックアカデミー2」の累計会員数は20万人。隠れクイズファンは多いのだ。

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May 02, 2004

アフタヌーンショーが怖かったころ

前回の文章で「お昼のワイドショー」の怖い記憶についてつらつらと語ったが、自分の中ではもう一つ「お昼の恐怖番組」があるのだ。

テレビ朝日系「アフタヌーンショー」である。
桂小金治の頃は知らない。私が知っているのは川崎敬三のころだ。白文字のロゴも「お昼のワイドショー」と匹敵するぐらい不気味だった。

中身は今でもあるようなワイドショーだった(ただし、雰囲気は暗い)が、ある日を境に恐怖に達した。
その日、「アフタヌーンショー」は夏休み特集でこういうのやった。
「女子暴走族の熱い夏」中身は凄惨だった。顔は隠してはあるが暴行ありで・・・、もっと真剣に見ていればディティール等詳しく書けるのだろうが、小学生だった私は耐えられず冒頭でテレビの前から逃げた。
こんなの本当じゃない。うそだ!うそだ!

思い続けて秋。その思いは報われることになった。
これは実は「やらせ」だったのだ。もちろん、製作者側も刑事責任を取られ、番組も「やらせ検証」でまるまる1番組を費やした。無論その番組は終了。子供ののっちが胸をなでおろしたことはいうまでも無い。
が、現にこの事件関係で亡くなった人もいる。そのことを思うとホントでもウソでもやってはいけないことをやってしまったんだな。とやりきれなくなる。

「やらせ」が悪かったんじゃない。衝撃性を追求しすぎてしまった結果の「やらせ」が悪かったのだ。しかし、今はあの「やらせ」以上カメラに収められないほどの現実がうようよ潜んでいる。いつの間にかワイドショー類の番組が怖くなくなったのは「メディアよりも現実の方が怖い」ことを私が知っただけかもしれない。

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Apr 30, 2004

テレビ公開調査が怖かったころ。

みなさんは、今のお昼のテレビ番組を見て怖がることは無いだろうと思う。
まぁ「みのもんたの健康情報を聞いて怖がる」とか「テレ東の怪奇時代劇の再放送をみて怖がる」というのはまだいい。わたしが小学校低学年のころはそれ以上に怖かった。

まずは日本テレビ系「お昼のワイドショー」。夏休みにお約束の「怪奇特集 あなたの知らない世界」はもちろん、「女の事件簿」「テレビ公開調査」なんかがツボ。一番怖かったのは「テレビ公開調査」。失踪者探しの番組なんだけど、オープニングからすごかった。

いきなりパトランプの映像と共にサスペンスの場面転換の音楽。
「チャチャチャチャチャー、チャチャチャチャチャー、チャーラー」
そこで今日取り上げる人達を軽く紹介。もちろん、セットの中の巨大な白黒写真付きで。
そして、1人ずつ取り上げる。おどろおどろしい音楽画面いっぱいのどぎつい文句のタイトル、そして、さっきも出た白黒写真もつけて。

唯一記憶に残っているのはお父さんと小学生の男の子が出てきて、お母さんを探してますって話。もちろん、お母さんは綺麗な人であったが、2人のバックのお母さんの巨大写真が怖かったのは言うまでもない。そして、お母さんの足取りを巡った映像やお母さんのカラーパネルのフリップ大の写真などを見せて、テレビの人々に情報提供を呼びかける。その電話は巨大写真の裏側に固まっている受付の人たちにとってもらう。

他の人の紹介が終わって、お母さんに対する有力情報が出てきた。
「□□君(男の子の名前)、お母さんは○○県のパチンコ屋で働いていましたよ」
写真の前の椅子に座っていた男の子は涙を浮かべていた。

なんでこの子の話だけ覚えていたかと言うと、その見ていた自分も小学生だったからだ。同じ世代なのになー。と複雑な心境になったことを覚えている。いや、それだけじゃない。実はこれ、いとこの友達の家で見たんだった。その友達ってのが、母子家庭だったのだ。それが流れる間、テレビの隣の仏壇を見て複雑な気持ちになった。

#これに関するエッセイを発見したのでリンク張っておきます。
わたしの記憶以上に怖いものだったようです。
http://www.stij.org/column/ro990802.html

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Feb 21, 2004

のっちの好きなメガネ君~インプリンティング編~

厳密に言えば火鳥勇太郎は初恋の人ではない。言うなれば「好きになるべくして好きになった」キャラなのだ。で「好きになるべくして」の部分を形づくったメガネ君キャラは誰か?考えた結果、このキャラクターにたどり着いた。

「星雲仮面マシンマン」

これ、小学校に入りたてののっちはよく見ていた。が覚えているのは「メガネ君が変身して悪と戦う」だけである。もちろん、「メガネ君は大学の卒論のために地球を訪れた異星人だった」とか「メガネ君にはお供がいた」とか「番組終了後にお便りコーナーがあった」というのは「この番組が低予算番組だった」ということと同様に大人になってから知ったことである。

このメガネ君は普段はおおぼけキャラではあるが、戦いの時になるとメガネを外し、マシンに乗ってマシンマンに変身し悪と戦う。ってことは火鳥勇太郎の原点がこいつなのか??のっちが好きになるのは言うまでもないお約束だったのか??それは今気づいた。

大人になってからもう一つ知ったことがある。そのメガネ君を演じてた男性のこと。40代を越えた今でも現役の俳優さんとして活躍しているそうだ(なんかうれしい)。子供の時からいろんなドラマに出演し、最近は吹き替えを中心に活動している。へぇ、そうだったんだ、と懐かしく思ったとき、最近ではNHKの「実りの森の仲間たち」に登場していたという記述。あー、あれねあれね。!のっちは知らないうちに彼に会っていたのだった。

#メガネ君を演じていた佐久田修さんの紹介ページ(事務所公式)です。
http://www.dojinsha.com/profile/sakutaosamu.html
ちなみに事務所の代表はマシンマンのナレーションを勤めていた小林修さん。余談ですが、マシンマンのスーツアクターの方もご健在だそうでなによりです。


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Feb 18, 2004

のっちの好きなメガネ君~意識的編~

メガネ君が好きである。
いつもはぽーっとしているくせに、メガネを外すとかっこいい!大活躍!
「メガネかけてる僕は仮の姿なんだよ」そーんなのに憧れている。

先日、某アナウンサーの絵日記(11月11日分)を見てメガネくん好きにまた火がついた。火鳥勇太郎を思い出したのだ。え?火鳥勇太郎って誰か?10年前に流行ったロボットヒーローの主役。まさに冒頭の部分を象徴するキャラクター。

こんな感じのキャラクターです

が、中学生であったために、部活動に精を出しまくっていたため彼を見る機会を逃しまくり、最終回近くで火鳥の最後の雄姿を見ることになった。修学旅行で立ち寄ったアニメイトに火鳥のポスターに目を奪われたけれど買いはしなかった。その後、火鳥にはちょこちょこと会う機会はあったけれど、買いたい、もう一度会いたいという気持ちまで起こすものではなかった。今手にあるのは終了直後に買った彼らの活躍を書いた同人誌「ファイヤーバトル」だけ。

いまや火鳥は中学時代の良き思い出の一つになってしまった。だからメガネ君に会うとちょっとどきどきしてしまうのだ。けれど、メガネをかけた某アナウンサーにはどきどきしない。

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Jan 29, 2004

天国と地獄

のっちが小さいころである。テレビで怖い曲があった。
ちょうどお昼のニュースを3本見られる放送局があり、その中の真ん中が流れるとチャンネル変えよう、さもなければこの場を逃げよう!と思うほどだった。

その真ん中と言うのが、「山形新聞ニュース」。
本社空撮と共に「じゃーん、じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ、じゃーん、じゃ、じゃじゃじゃじゃじゃじゃじゃ~」というまさに交響楽団バリバリの曲を流すもんだから、うるさい、怖い。そして「お宅とクボタは親戚づきあい、山形クボタの提供でお送りします」というブルーバックにブタマークの提供の部分も余計怖かった。しかも最後にも執拗に流すために怖さは倍増。直後に放送されるANNニュースの音楽に癒しを求めるようになった。

中学校になって吹奏楽に手を出した。その際にコンサートに行くことになった。
とある高校の演奏の番。指揮者がタクトを振り、シンバルと共に流れた1フレーズにはっと気づいた。それこそのっちが聞いたあの「山形新聞ニュース」のテーマ。その瞬間こころで「あー!あれだ。あれだ」と指差したくなった。

これこそオッフェンバックの「天国と地獄」。それを知ったときにはもう山形新聞ニュースは流れてはいなかった。

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Jan 23, 2004

ニュースは明るいものだけじゃない

ニューステーマと言えば聞きやすく、CDで売ってたら買うよ~と思う作品が多い。
で、前のニューステーマはどんなものが多かったのかな?
というあなたに送るこのサイト
「もっとニュースが好きだ」

ここのネット別のコンテンツをのぞけば
「えー、これがニュースの曲だったんだ」
「あー、いい曲じゃん」
「うっそー、あの方が作曲したのー」
と思うことうけあいです。

この中で一番ニューステーマらしいものは黛敏郎の「NNNニュースのテーマ」。
多分この曲だけを聴く限り黛氏は悲劇を知っている人ではないかと。そして、その後に現れる光の存在も。
明るいだけのニューステーマでなく、都会っぽさを競うものでもなく、ニュースの音楽という身分を全うしている。
(編集すれば明るいニュースを伝える前、悲しいニュースを伝える前とバージョンを変えることも出来ます)
ただひとつ惜しまれるのがカラー時代に出来た作品(昭和48年製作)であったということ。白黒時代に出来ていたらより「ニューステーマ」として人々の心に刻み付けられていただろう。

そんなこんなでインパクトはあったが、あまりにも陰の部分が強かったためか、製作から30年たった今はこの曲を耳にすることはなくなってしまった。

今は耳にさらっと残る、メロディラインが軽やかなニューステーマがよく流れている。

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